2007年2月24日 (土)

墨攻

D1001097

先月、映画を見に行った時に流れた予告編の中に『墨攻』という気になる映画があった。墨家の事を描いているらしい。パッと見は『英雄』みたいな感じかなというのがその時の感想だった。

それからしばらく経った頃、俺と何時も一緒にいる『映画大好きな人』が、映画雑誌を見ながら「墨攻って漫画だったの?」と聞いてきた。この時まで忘れていた物が一気に記憶という形を取り始めたぞ。

たしか、ビッグコミック系の雑誌で連載してたはず。何度か読んだが話の途中からなので、付いて行けずに止めたんだった。古くから中国に伝わる物語を日本人向けにアレンジした漫画だと勝手に解釈してた。

ところが原作者がいて日本人だと言うじゃないか。「へぇ~」と驚いてしまったよ。自分の思い込みと勘違いの虚をつかれた気がしたよ。

オープニング早々に登場した梁王を見て、雨上がり決死隊の宮迫がギャグでコスプレしてるぞなんて思ってしまった。だってそっくりなんだもん。何か嫌な予感がするぞ。

当然、次々と人物が登場してくるわけだが、なまじ同じ漢字を使ってるもんだから名前を違う風に読んでしまうんだ。梁城を守る将軍の名前は牛。牛(うし)将軍で、攻めてきた趙国の将軍の名は巷。巷(ちまた)将軍だ。うしとちまたの戦いじゃ見ていてもハラハラしないんだな。おまけに主人公の革離を慕う弓の名人は子団。意味も無くひっくり返して団子(だんご)と呼んでいたよ。

映画を見る時に名前というのは大切な要素なのだから、中国語(北京語)の発音通りにカタカナ表記にするとか、漢字にルビをふるとか方法はあったと思うけどね。見る方のイメージも違っただろうし、実際そうなってる香港・中国映画も沢山あるよ。

そして見終わった時の虚脱感は何なんだ。「あれじゃ救いようが無いよ」「出口無しだよ」と、どうしようもない感情が湧いてきた。作品の出来がそうだとか、演技が云々なんて話じゃないんだ。日本語以外の言葉で演じている俳優の力量なんて判るはずがない。おまけに北京語だぞ。と、書いたところで驚愕の事実が記憶の形を取り始めた。大学の第二外国語は中国語(北京語)だったよ。

救い様のない王に救い難い側近達。救われ無い戦いを繰り返す兵士たち。そして救われる事が無い庶民ばかりだ。「どっちも滅んじゃえ」って思ったが、春秋戦国時代は約350年の間、戦いを繰り返してたから映画の描き方は正しいのかもね。

これも見終わった後に思った事だけど、タイトルの『墨攻』は内容にそぐわないよね。籠城の戦いだから『墨守(中国の墨子が城を固守して屈しなかった故事)』の方が見た目のインパクトは別にして合ってる気がしました。

今、コンビニで買ってきた墨攻のコミックを読んでます。これは面白いかも。

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